東京都世田谷区の歴史
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 所在地 世田谷区下馬4-9-4 (世田谷観音 観音寺) 神州不滅特別攻撃隊之碑 第二次世界大戦も昭和20年(1945)8月15日祖国にほんの敗戦と云う結果で終末を遂げたのであるが、終戦后の8月19日午后2時当時満州派遣第一■675部台に所属した今田均少尉以下10名の青年将校が、「国敗れて山河なし生きてかひなき生命なら死して護国の鬼たらむ」と又大切な武器である飛行機をソ連軍に引渡すのを潔しとせず谷藤少尉の如きは結婚間もない新妻を後に乗せて前日二宮准尉の偵察した赤峰附近に進駐し来るソ連戦群に向けて大虎山飛行場を発信前記戦車群に体当り全員自爆を遂げたものでその、自己犠牲の精神こそ崇高にして永遠なるものなり 此處に此の壮挙を顕彰する為記念碑を建立し英霊の御魂よ永久に安かれと祈るものなり 陸軍中尉 今田達夫 広島 〃 馬場伊与次 山形 〃 岩佐輝夫 北海道 〃 大倉巖 北海道 〃 谷藤徹夫 青森 〃 北島孝次 東京 〃 宮川進二 東京 〃 日野敏一 兵庫 〃 波多野五男 広島 少尉 二ノ宮清 静岡 昭和42年(1967)5月 神州不滅特別攻撃隊 顕彰会建之 PR |
町名
サイト内検索
アクセス解析
プロフィール
HN:
永山
性別:
男性
|