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東京都世田谷区の歴史
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所在地 世田谷区三軒茶屋2-13-14

  < 銘文 >

(正面)左相州通  大山道

(左正面)右富士 世田谷 登戸 道

(背面)天下太平国土安穏 

    寛延二年(己巳)建立

    石工 江戸本材木町八丁目  石田屋■■■(花押)

    文化九年(壬申)(再力)建

    五穀成就萬民家樂

(右側面)此方 二子通 

<年代>

寛永2年(1749年)、文化9年(1812年)再建 

<伝来>

 大山道は、矢倉沢往還の俗称である。この道標は、旧大山道(大寒屋敷前経由)と、文化・文政期ごろに開通したといわれる新大山道(桜新町経由)との分れ道にあった右橋楼(三軒茶屋の地名の起こりの茶屋の一つ)の角に建てられていた。

 大山は、古い民俗信仰である石尊信仰と山岳仏教の信仰とが結合し、相模の修験道場として重きをなし、将軍をはじめ多くの人々に尊崇された。とくに文化文政期以降は江戸町人などの大山詣りが盛んになり、その案内のため大山道沿道に多くの道標が建てられた。

 この道標は、玉川電車の開通や、東京オリンピックの道路の拡幅などにより点々と移されたが、昭和58年(1983年)5月に三軒茶屋町会結成50周年記念事業の一つとして、元の位置近くに復された。 

<備考>

一、この道標は、本来は渋谷方面に向いて建てられていた。

一、相州通・二子通は、ほぼ現在の玉川通りである。

一、富士・世田谷道・登戸道は、ほぼ現在の世田谷通りである。 

 昭和59年(1984年)3月 世田谷区教育委員会

  

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