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東京都世田谷区の歴史
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所在地 世田谷区世田谷1-29-18 (郷土資料館)

 世田谷のボロ市  指定年月日 平成19年(2007)3月15日
 世田谷のボロ市は、天正6年(1578)に小田原城主北条氏政が世田谷新宿に宛てて発した「楽市掟書」に起源を持つとされている。掟書によると、この楽市は1と6の日の、1ヶ月に6日開かれる六斎市であった。しかし江戸時代にあると江戸商業圏の拡大により、市は年に1回、12月15日の歳の市となった。市で売買された品は多彩で、歳の市といっても単に正月を迎える準備のためだけではなく、1年を通して必要とする様々な品物をそろえる場であり、生活や農業生産の上で欠かせない市であった。
 この市は、明治6年(1873)の太陽暦の採用によって、翌明治7年(1874)から旧暦の歳の市に相当する1月15日にも開かれるようになり、また明治中期には16日も開催の定例となた。市の名称は、正式には「市町」といったが、明治中期頃から「ボロ市」が一般的となった。これは草鞋の補強や野良着を繕うためのぼろや、古着などが市商品の大半を占めるようになったからである。
 ボロ市は400年以上にわたり、それぞれの時代に対応し、様々な変化をしながらも、ほぼ同じ場所で継続して開かれてきた。戦後は急激な都市化と生活の変化によって扱われる商品も変わり、ボロ市も脳音の生活市ではなくなってしまった。しかし、今でもボロ市は、数少なくなった正月を迎える節季意識を伝える行事として、多くの人々に親しまれている。
 平成19年(2007)3月 世田谷区教育委員会
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